バンクーバー珍道中

バンクーバーでのワーホリ備忘録

良し、悪しき、というもの

そうして旨く往けばあの人は成功したといわれる。成功したというと、その人の遣口が刷新でもなく、改革でもなく、整理でもなくても、その結果が宜いと、唯その結果だけを見て、あの人は成功した、なるほどあの人は偉いということになる。

夏目漱石 模倣と独立

 

私は今、週に20時間そこそこしか働いていない。周りからはもっと働くべきだという意見をもらっている、その方が良いのだ、と。

だがそんなものは方便の一つに過ぎない、そういったものに良きも悪しきもない、ただその人の性質に会っているかどうかそれを見極めていかなければならない。

それは丁度、斧のようなものに例えることが出来る。斧は木を切ることもできるし、人を切ることもできる、しかし斧それ自体には良いも悪しきもない、ただ厳然と「斧」が存在するだけだ。それをどう扱うのか、その性質をしっかりと見極めることが出来るのか? これにより斧は木を切るのか人を切るのかが決まる、とも言える。

だから、あの方法で成功したからといって、それが必ずしも他に応用可能ではなく、またその方法で失敗したからといって、それが必ずしも他に悪影響を及ぼすものでもない。「成功」というのは驚くほど曖昧なものの上に存在しているのだ、それは非常に忘れやすいものだと思う。

だから、成功したという事実にだけ目を向けて飛びつけば大抵痛い目にあうということだ、今回私は同僚との会話を盗聴することに成功し、それによって危機を回避するに至ったが、そのお陰でその他の同僚からは「盗聴する人間」というレッテルを貼られたことだろう。これが今後の人間関係に大きな問題として立ち塞がる可能性もあるので、常に会話を盗聴する行為が正しい事とは限らない。そういう自戒を込めて。

 

 

模倣と独立

模倣と独立