バンクーバー珍道中

バンクーバーでのワーホリ備忘録

カフェで働く日本人の同僚に対する私の私見

これらの人は自己の主張を守るの点において志士である。主張を貫かんとするの点において勇士である。主張の長所を認むるの点において智者である。他意なく人のために尽くさんとするの点において善人である。ただ自他の関係の関係を知らず、眼を全局に注ぐ能わざるがため、わが縄張りを設けて、いい加減なところに幅を利かして満足すべきところを、足に任せて天下を横行して、憚らぬのが災になる、人が咎めれば云う。おれの地面と君の地面との境はどこだ。境は自分が決めぬだけで、人の方ではとうから定めている。再び咎めれば云う。この通り足が達者でどこへでも歩いて行かれるじゃないか。足の達者なのは御意のとおりである。足に任せて人の畠を荒らされては困るというのである。かの志士と云い、勇士と云い、智者と云い、善人と云われたるものもここにおいてはたちまちに浪人となり、暴士となり、盲者となり、悪人となる。

夏目漱石 作物の批評

 

この言葉通り、あの日本人は確かに仕事に熱心だろうが、自分と他人が全くの同一人物だと思っているらしく、自分の鋳型に収まらねば人に非ず、という感じだ。

まあ私より年上で、誰からも見放されて放置された猛犬のようなものだ、もはやその耳には何も聞こえまい。願わくばあの夢のような思想が永遠に続くことを祈るとしよう、夢だって覚めなければ現実なのだ。

 

 

作物の批評

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