バンクーバー珍道中

バンクーバーでのワーホリ備忘録

空白の日常

怖がったり慌てたりというのは結局、一度も経験したことがないーーすなわち、どうなるかわからない状況に対しての心の反応です。お化け屋敷が明るくて、ここがびっくりポイントですって看板が立ってたら、なにも怖くありません。そもそも練習や勉強というもの自体、新規にしろ既存にしろ、物事を繰り返し行うことで不測の事態となる出来事ーー。すなわち”未体験”を潰していく作業であることに間違いはありません。

クロノクロック 鈴木みう

 

特にする事のない毎日で、昨日は一日暇だったので、自分が持っているゲームをプレイしながらのんびりしていた。で、久しぶりにクロノクロックをプレイしていたときに上の言葉を見つけた。

当時この言葉に衝撃を受けたのはよく覚えている。

 

それにしてもブログにせよ日記にせよ、毎日毎日書き残すべきことがそうそうあるわけではない、たまには昨日と変わらないような今日を過ごすこともある。今の私はカナダに来てほとんどそんな毎日を送っているわけだが、それも別に大した問題じゃない。毎日はごくごく平凡な繰り返し、野球でいうなら3回や4回、サッカーなら開始20分、ダイジェストなら間違いなくカットされる部分だ。だがそれが不要かと言われればまた違う。日記に書き残すべきものが存在するには、日記に書き残さなくていいものが存在しなくてはならない。

つまり何が言いたいかというと、私のこの約一ヶ月半というものがまさにその「日記に書き残さなくても良い日」なのだ、ありきたりで、平凡で、代わり映えのしない、そんな毎日。

だが、私があえてそれを書き残している理由は、「人生は物語ではない」ということを自分自身で思い出すためだ。人生は小説のように常に目まぐるしく状況が変化することなどない、その大半は退屈で退屈でたまらない日常だ、それらの要素を廃して日記に重要な事、楽しいことだけを書き連ね、「私の人生は楽しい物語」というのはちょっと違うなと私は思う。

そういう思いで日記を7年間、2千日以上書いているが、やはり毎日はごくごく平凡なものだ。

だが、だからこそときおり出くわす「非日常」をより鮮明に、より楽しく、より大切に感じることができるのだと私は思っている。

 

 

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